※補足。これは昨年の5月に書いていたが、時期を外してお蔵入りになっていた。話題になっているセットは「イニストラードを覆う影」。
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「くっそ忙しかったわ」
彼は店に顔を出さなかった二ヶ月強を総括して言った。
まあ土日は休んでたし職場に泊まったりとかもなかったから非人道的ってほどではねえけど、それでもきつかった。
それでこないだのシールドもあんな成績だったんですか?
新入りが訊くと、彼は顔をしかめて応じた。いや、あれはおれが下手だっただけ。あと、アヴァシン引いたから別に負けてない。
なに言ってんだろうねこの人は。
わたしは半ば本気で呆れながら応じた。0-3-1 だったんだからどこに出しても恥ずかしくない完敗でしょうが。
優勝者に負けなかったのはおれだけだ。
彼はなおも言い募った。アヴァシンを売り払ったらパック代を引いてもお釣りがきた。試合には負けたけど勝負には勝った。
金銭的な出入りで勝敗を決めるのは品がないと思うよ。
わたしが言うと、彼は小さくうめいた。ぐっ、それは確かに君の言う通りだな。
「売っちゃったんですか?」
新入りが訊いた。
うん。レガシーじゃ出番もないし、シールドでは3ゲーム気持ちいい勝ち方をさせてくれたし。もうおれのところでやってもらえることはないから、あとは新しい主人の下で活躍して欲しいと思って。
「なんか、……」
新入りは少し言葉を探して逡巡してから続けた。「いや、持ち主の自由ですから、とやかく言うのおかしいですけど、でもちょっと寂しい気がします」
いいんだよ、もともと“トレーディング”カードゲームなんだから、流動性は高いほどいい。
そういうもんですかね。
うん。
彼は応じてから、「それで、なんだったっけ。……答え合わせか」
そうです。
えーっと。
彼はポケットから携帯電話を取り出し、メモしてあったらしい数字を参照しながら手元の紙に書きつけ始めた。
今回は両面カードがあって、それはとりあえず括弧の中に内数で書いてある。ほんとはたぶん外数で書くべきだったんだけど間違えた。
これを基本土地抜かして合計すると、こうなる。
で、通常カードと両面カードに分けると、こういう風になる。
「すみません」
新入りが割って入った。「なにをしてるんですか、これは?」
レアリティごとにカードを数えてる。
彼は応じてから、新入りの表情を見て続けた。マジックのカードってのは一枚一枚刷ってるわけじゃなくて、 11 枚 × 11 枚のでっかいシートに刷って、それからカードの大きさにぶったぎるんだ。それで、例えばレアと神話レアはおんなじシートに刷るわけ。レアは二枚ずつ、神話レアは一枚ずつでかいシートの中に刷る。イニストラードを覆う影だと、通常カードのレアは 53 種類。それを2枚ずつだと 106 枚で、あと神話レアが 15 種類一枚ずつで 15 枚。それを足すと、
「121 枚」 新入りが応じた。「11x11 ですね」
ちなみにこういう奴ね。でっかいシート。
わたしはスマホでアンカットシートの画像を検索して新入りに見せた。
【参考】https://www.google.co.jp/search?q=mtg+uncut+sheet&source=lnms&tbm=isch
……8、9、10、たしかに 11x11 ですね。へー、こうやって作るんだ。知りませんでした。
これで、特定のレアの出現率が特定の神話レアの出現率の二倍だっていうのが担保されるし、約8パックに一枚神話レアが入ってるっていうのは 15/121 なわけだ。
そういうことなんですね。なんか、適当な割合で混ぜてるんだと思ってましたけど、最初っから混ざった割合で作るんですね。
「その通り。で、じゃあ、この両面カードではどうなってるんだろう、みたいなことを考えてる、ってのがさっきの質問の答え」
はあ。
まったくぴんと来ない様子で新入りは応じた。
両面カードの封入については実は公式にアナウンスがあって、普通のパックでは1パックに一枚必ずコモンかアンコモンの両面カードが入ってることになってる。それで、それに加えて8パックに1パックは、レアか神話レアが入ってることになってる。
あれ、また八分の一なんですね。
その通り。そしてレアが6種類、神話レアが3種類だから、 6x2+3 で 15 枚分になる。これを 11x11 の中に割り当てると……
「八分の一ですね」
新入りの声のトーンが少しだけ上がった。「残り 106 枚にコモンとアンコモンを刷ればいいってことですか?」
……だったらよかったんだけど、そうじゃないんだよな。
彼はにやりと笑った。さっき「それに加えて」って言った通り、レアや神話レアの両面カードが入ってるパックにも、普通にコモンかアンコモンの両面カードが入ってるんだ。
そうなんですか。
新入りは画面の文章に目を通すとすぐに言った。「両面のレアか神話レアはコモンを置き換える、って書いてますね。これは普通のコモンのことですか」
そう。
てことは、121 枚のうち、15 枚は両面のレアか神話レアで、残りは普通のコモン、みたいなシートを作って刷ればいいんじゃないですか。そこから一枚とってパックに入れれば、八分の一は両面のレアか神話レアになって、八分の七は通常のコモンになります。
いいねえ。
わたしは割と本気で感心した。先ほどアンカットシートを知ってすぐにここまで辿り着けるのは大したものだ。
でも残念ながら、多分それも違うんだな。
彼が言った。
技術的に両面カードと片面カードを同じシートに刷ることができないらしいんだよ。だから根本的にできない。
そっか……。
結局、さっきの八分の一って数字があるにもかかわらず、両面カードのレア/神話レアとコモン/アンコモンはたぶん別のシートに刷られてるんだと思う。それで、文字通り8パックにひとつはコモンを1枚少なくして代わりに両面のレアか神話レアを入れる、っていう風にしてるんだろうね。
面白みのない結論だね。
わたしが言うと、彼は少し大げさに肩をすくめてみせた。
まあ、世の中、そういうもんで。
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冒頭にも書いた通りこれは昨年の5月で、イニストラードを覆う影のアンカットシート考察。書いた当時は「でも残念ながら、多分それも違うんだな。」以降の展開が違って、だってそれだとそこに入るコモンが他のコモンとかぶっちゃうかもしれないから、という理由だったのだけど、このたび「技術的に両面カードと片面カードを同じシートに刷ることができない」(参照→http://markrosewater.tumblr.com/post/119789864268/i-dont-think-you-understand-what-people-are-asking)ということが判明したのでめでたくアイデア自体が死んだ。
というわけで前回のエントリにいただいた質問についてはこれがそのまま回答になる――両面カードは、常に両面カード専用のアンカットシートに刷られる。
両面カードの各レアリティについてはエクスパンションごとに微妙に違って、特にコモンとアンコモンは一般的な封入率とは違うんだけど、一方でレアと神話レアについてはパックから特定のカードが出る確率は通常カードとおおむね同じに揃えているようだ(大型セットなら神話レアが約 1/120、レアが 1/60、小型なら 1/80 と 1/40)。
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追記(2017-10-12):
「後輩」→「新入り」に修正。ちゃんと対戦表作ってないとこういう間違いが起きる。
対戦表ってのはこういうやつ。
|トシミツ|サキモト|カナイ|オオジマ|タニカワ
トシミツ|僕 |彼女 |奴 |後輩 |新入り
サキモト|彼 |わたし |友人 |後輩 |新入り
これは文章用で、会話用ももちろんある、というかそっちの方が大事。
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「くっそ忙しかったわ」
彼は店に顔を出さなかった二ヶ月強を総括して言った。
まあ土日は休んでたし職場に泊まったりとかもなかったから非人道的ってほどではねえけど、それでもきつかった。
それでこないだのシールドもあんな成績だったんですか?
新入りが訊くと、彼は顔をしかめて応じた。いや、あれはおれが下手だっただけ。あと、アヴァシン引いたから別に負けてない。
なに言ってんだろうねこの人は。
わたしは半ば本気で呆れながら応じた。0-3-1 だったんだからどこに出しても恥ずかしくない完敗でしょうが。
優勝者に負けなかったのはおれだけだ。
彼はなおも言い募った。アヴァシンを売り払ったらパック代を引いてもお釣りがきた。試合には負けたけど勝負には勝った。
金銭的な出入りで勝敗を決めるのは品がないと思うよ。
わたしが言うと、彼は小さくうめいた。ぐっ、それは確かに君の言う通りだな。
「売っちゃったんですか?」
新入りが訊いた。
うん。レガシーじゃ出番もないし、シールドでは3ゲーム気持ちいい勝ち方をさせてくれたし。もうおれのところでやってもらえることはないから、あとは新しい主人の下で活躍して欲しいと思って。
「なんか、……」
新入りは少し言葉を探して逡巡してから続けた。「いや、持ち主の自由ですから、とやかく言うのおかしいですけど、でもちょっと寂しい気がします」
いいんだよ、もともと“トレーディング”カードゲームなんだから、流動性は高いほどいい。
そういうもんですかね。
うん。
彼は応じてから、「それで、なんだったっけ。……答え合わせか」
そうです。
えーっと。
彼はポケットから携帯電話を取り出し、メモしてあったらしい数字を参照しながら手元の紙に書きつけ始めた。
今回は両面カードがあって、それはとりあえず括弧の中に内数で書いてある。ほんとはたぶん外数で書くべきだったんだけど間違えた。
白 20/17(3)/9(1)/2(1)
青 20/17(3)/8(1)/3(1)
黒 20/17(3)/8(1)/3
赤 20(2)/17(4)/9(1)/2
緑 20(2)/17(4)/9(1)/2
多 0/0/5/6(1)
ア 4/10(3)/4/0
土 1/5/7(1)/0
基 15
これを基本土地抜かして合計すると、こうなる。
105(4)/100(20)/59(6)/18(3)
で、通常カードと両面カードに分けると、こういう風になる。
通 101/80/53/15
両 4/20/6/3
「すみません」
新入りが割って入った。「なにをしてるんですか、これは?」
レアリティごとにカードを数えてる。
彼は応じてから、新入りの表情を見て続けた。マジックのカードってのは一枚一枚刷ってるわけじゃなくて、 11 枚 × 11 枚のでっかいシートに刷って、それからカードの大きさにぶったぎるんだ。それで、例えばレアと神話レアはおんなじシートに刷るわけ。レアは二枚ずつ、神話レアは一枚ずつでかいシートの中に刷る。イニストラードを覆う影だと、通常カードのレアは 53 種類。それを2枚ずつだと 106 枚で、あと神話レアが 15 種類一枚ずつで 15 枚。それを足すと、
「121 枚」 新入りが応じた。「11x11 ですね」
ちなみにこういう奴ね。でっかいシート。
わたしはスマホでアンカットシートの画像を検索して新入りに見せた。
【参考】https://www.google.co.jp/search?q=mtg+uncut+sheet&source=lnms&tbm=isch
……8、9、10、たしかに 11x11 ですね。へー、こうやって作るんだ。知りませんでした。
これで、特定のレアの出現率が特定の神話レアの出現率の二倍だっていうのが担保されるし、約8パックに一枚神話レアが入ってるっていうのは 15/121 なわけだ。
そういうことなんですね。なんか、適当な割合で混ぜてるんだと思ってましたけど、最初っから混ざった割合で作るんですね。
「その通り。で、じゃあ、この両面カードではどうなってるんだろう、みたいなことを考えてる、ってのがさっきの質問の答え」
はあ。
まったくぴんと来ない様子で新入りは応じた。
両面カードの封入については実は公式にアナウンスがあって、普通のパックでは1パックに一枚必ずコモンかアンコモンの両面カードが入ってることになってる。それで、それに加えて8パックに1パックは、レアか神話レアが入ってることになってる。
あれ、また八分の一なんですね。
その通り。そしてレアが6種類、神話レアが3種類だから、 6x2+3 で 15 枚分になる。これを 11x11 の中に割り当てると……
「八分の一ですね」
新入りの声のトーンが少しだけ上がった。「残り 106 枚にコモンとアンコモンを刷ればいいってことですか?」
……だったらよかったんだけど、そうじゃないんだよな。
彼はにやりと笑った。さっき「それに加えて」って言った通り、レアや神話レアの両面カードが入ってるパックにも、普通にコモンかアンコモンの両面カードが入ってるんだ。
そうなんですか。
Approximately one in every eight packs will also contain a rare or mythic double-faced card in addition to a normal rare or mythic rare (the rare or mythic rare double-faced card will replace a common). These packs will have two double-faced cards, the common/uncommon and the rare/mythic rare.
http://magic.wizards.com/en/articles/archive/daily-magic-update/update-2016-03-24
新入りは画面の文章に目を通すとすぐに言った。「両面のレアか神話レアはコモンを置き換える、って書いてますね。これは普通のコモンのことですか」
そう。
てことは、121 枚のうち、15 枚は両面のレアか神話レアで、残りは普通のコモン、みたいなシートを作って刷ればいいんじゃないですか。そこから一枚とってパックに入れれば、八分の一は両面のレアか神話レアになって、八分の七は通常のコモンになります。
いいねえ。
わたしは割と本気で感心した。先ほどアンカットシートを知ってすぐにここまで辿り着けるのは大したものだ。
でも残念ながら、多分それも違うんだな。
彼が言った。
技術的に両面カードと片面カードを同じシートに刷ることができないらしいんだよ。だから根本的にできない。
そっか……。
結局、さっきの八分の一って数字があるにもかかわらず、両面カードのレア/神話レアとコモン/アンコモンはたぶん別のシートに刷られてるんだと思う。それで、文字通り8パックにひとつはコモンを1枚少なくして代わりに両面のレアか神話レアを入れる、っていう風にしてるんだろうね。
面白みのない結論だね。
わたしが言うと、彼は少し大げさに肩をすくめてみせた。
まあ、世の中、そういうもんで。
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冒頭にも書いた通りこれは昨年の5月で、イニストラードを覆う影のアンカットシート考察。書いた当時は「でも残念ながら、多分それも違うんだな。」以降の展開が違って、だってそれだとそこに入るコモンが他のコモンとかぶっちゃうかもしれないから、という理由だったのだけど、このたび「技術的に両面カードと片面カードを同じシートに刷ることができない」(参照→http://markrosewater.tumblr.com/post/119789864268/i-dont-think-you-understand-what-people-are-asking)ということが判明したのでめでたくアイデア自体が死んだ。
というわけで前回のエントリにいただいた質問についてはこれがそのまま回答になる――両面カードは、常に両面カード専用のアンカットシートに刷られる。
両面カードの各レアリティについてはエクスパンションごとに微妙に違って、特にコモンとアンコモンは一般的な封入率とは違うんだけど、一方でレアと神話レアについてはパックから特定のカードが出る確率は通常カードとおおむね同じに揃えているようだ(大型セットなら神話レアが約 1/120、レアが 1/60、小型なら 1/80 と 1/40)。
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追記(2017-10-12):
「後輩」→「新入り」に修正。ちゃんと対戦表作ってないとこういう間違いが起きる。
対戦表ってのはこういうやつ。
|トシミツ|サキモト|カナイ|オオジマ|タニカワ
トシミツ|僕 |彼女 |奴 |後輩 |新入り
サキモト|彼 |わたし |友人 |後輩 |新入り
これは文章用で、会話用ももちろんある、というかそっちの方が大事。
コメント
> 判明したのでめでたくアイデア自体が死んだ。
おおう……(´・ω・`)
> 技術的に両面カードと片面カードを同じシートに刷ることができないらしい
一度、アンカットシート製造現場を見学してみたいですね。ただ、こないだ情報漏えいがあったばかりでさらに警備が厳しくなってて、一般見学とかまず無理な話でしょうが……
それは是非見てみたいですね。アンカットシートって工程の中ではかなり下流に位置しているわけですが、その特性がデザインに逆に反映されるところがとても面白いと感じます。そういうの抜きにしても、大量に刷ってるところ見れたら楽しいでしょうね。
というわけで、次回と次々回ぐらいまで、アンカットシートの話です。