だいたいは理由もなく怒っていた
2015年11月22日 ポエム コメント (2)「コンプリートしたぜ」
友人は彼の正面の席に座るなり言うと、鞄からごそごそとデッキケースを取り出した。
早いな。流石古物商。
関係ねえよ。俺が商ってるもんじゃないし仕入れのルートとかも全然ないから、普通にカード屋とネットでぽちぽちやるだけだよ。
そう言いながら友人はケースから十数枚のカードの束を取り出すと、一枚ずつテーブルに並べ始めた。最初は旧枠で肌が緑色のゴブリンが棒状のものを手にしてこちらに突っ込んでくるイラスト。それが二枚続いた後、似た構図のやはり緑色のゴブリンが迫ってくるイラスト。どうやら 1/1 らしいがテキストはわたしのところからは読めない——と思いきや、次のイラストは馴染みがあった。横向きに描かれた、巨大な斧を振りかぶる灰色の肌のゴブリン。テキストももちろんわかる。Raging Goblin is unaffected by summoning sickness. と書かれているはずだ。《怒り狂うゴブリン》。コンプリートというからには、全部同じカードのエクスパンション違いなのだろう。
そこからはテキストが「Haste」(注釈文つき)だけになったり枠が変わったりするが、一度の例外を除いて全て同じ斧を振り上げているイラストが続いた。新枠の基本セットに白枠で三回収録されて、最後に M10 で黒枠に戻ったところでコレクションは終わっていた。
あれ? 英語だけ?
彼が煽るように聞くが友人はとりあわない。さすがにやっとれんだろこんなにあるのに。
「なんですかこのカード」
わたしの向かい、つまり友人の隣に座っている新入りが聞いた。手を伸ばしかけてぱっと引っ込め、触っていいですか、と聞く。
普通に 10 円とかのコモンだから全然いいよ。ていうか、怒り狂うゴブリン知らないのか!
す、すいません。
新入りは芝居がかった仕草で首をすくめた。まだ生まれてなかったもので。
そう言いながらひょいと手を伸ばして、一番新しい M10 のカードを手に取った。1マナ 1/1、速攻、goblin berserker。え、それだけですか。
ははは。彼が声に出して笑った。それだけですよまったくもって。
なんでコレクションするんですか?
「素晴らしいカードだから。」 彼が堂々と断言した。
低コストで、素早くて、小さくて、序盤は強いけど終盤には弱い。赤のクリーチャーの典型的なスペックです。それでゴブリン。赤の種族はアルファの昔からなんといってもゴブリンだ。あとからついたバーサーカーもいかにも赤にふさわしい種族です。でもこのカードでいちばん素晴らしいのはフレイバーなんだ。つまり、名前と、イラストと、フレイバーテキスト。ポータル・セカンドエイジで再再録された時につけられた——言いながら彼は実際にポータルセカンドエイジ版を手にとってみせた——イラストとフレイバーテキストはそこから不動のものになったんだよね。小さくてめちゃめちゃ怒ってるゴブリン。『彼は世界に対して怒り、家族に対して怒り、自分の人生に対して怒っていた。 だが、だいたいは理由もなく怒っていたんだ。』たぶんこのイラストとテキストで 10 年以上刷られ続けてたんだよ。トップダウンデザインのカードとして、ここまでのカードは作りたくてもそうそうできるもんじゃない。そりゃコレクションもしますよ。
彼は滔々と語り終えると、急に友人の方に向き直って聞いた。「なあ?」
いや、そんなめんどくせーこと考えて集めてるわけじゃねえよ。
えー。
サキモトさん、トシミツさんっていつもこんなふうですか。新入りが声をひそめるそぶりで、実際には普通の大きさの声で聞いてきた。
そういうことは本人の前で聞くもんじゃないよ。「いや、普段はもっとインチキくさいよ」とか言えなくなっちゃうでしょ。
言ってるじゃねえか。彼が笑って言う。
こんな風ってどんな風?
わたしが聞き返すと、新入りも笑みを浮かべて応じた。
いや、なんか妙な説得力があって、あたし先週もだまされたんです。《果てしなきもの》がなんか強いカードみたいに思えちゃって。
ああ、そういうのこいつの得意分野。友人が言った。気をつけな。うかつにトレードとかしないほうがいいよ。
完全に詐欺師扱いですけど。
彼はそう言いながらも楽しそうだった。さっきのだって、別に嘘ついたり騙したりしてるわけじゃないよ。市場で価値がつくようなカードじゃないけどこいつは素晴らしいんだって言ってるだけなんだから。
しかし最近ご無沙汰だよな、怒り狂うゴブリン。
彼を半ば無視して友人が言った。……M10 以来ってことは、もうまる六年か。そりゃ若い子は知らんよなあ。
「そんなに素晴らしいカードなのに、どうして再録されなくなっちゃったんですか」
新入りが訊いた。まあもっともな疑問だ。
ひとことで言えばちょっと弱すぎるんだよね。わたしが答えた。M11辺りから本格的に基本セットをリミテッドの競技イベントで使うようになって、そうするとパワーレベルをそれに向けて調整しなきゃならない。1マナ1/1速攻ってさすがにお呼びじゃないんだよ。だから居場所がなくなった。
そっか。……なんか結構せちがらいですね。
変化し続けることはトレーディングカードゲームの生命線だからね。あらゆるカードは安穏とはしていられないんだよ。
なるほど。
でもまた、いつかどこかで再録されるんじゃないかな。彼が言った。ていうか再録されてほしい。
わたしも頷く。そうだよね。それまでは、多元宇宙のどっかの片隅で、あらゆるものに対して怒り続けててほしいよね。
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友人は彼の正面の席に座るなり言うと、鞄からごそごそとデッキケースを取り出した。
早いな。流石古物商。
関係ねえよ。俺が商ってるもんじゃないし仕入れのルートとかも全然ないから、普通にカード屋とネットでぽちぽちやるだけだよ。
そう言いながら友人はケースから十数枚のカードの束を取り出すと、一枚ずつテーブルに並べ始めた。最初は旧枠で肌が緑色のゴブリンが棒状のものを手にしてこちらに突っ込んでくるイラスト。それが二枚続いた後、似た構図のやはり緑色のゴブリンが迫ってくるイラスト。どうやら 1/1 らしいがテキストはわたしのところからは読めない——と思いきや、次のイラストは馴染みがあった。横向きに描かれた、巨大な斧を振りかぶる灰色の肌のゴブリン。テキストももちろんわかる。Raging Goblin is unaffected by summoning sickness. と書かれているはずだ。《怒り狂うゴブリン》。コンプリートというからには、全部同じカードのエクスパンション違いなのだろう。
そこからはテキストが「Haste」(注釈文つき)だけになったり枠が変わったりするが、一度の例外を除いて全て同じ斧を振り上げているイラストが続いた。新枠の基本セットに白枠で三回収録されて、最後に M10 で黒枠に戻ったところでコレクションは終わっていた。
あれ? 英語だけ?
彼が煽るように聞くが友人はとりあわない。さすがにやっとれんだろこんなにあるのに。
「なんですかこのカード」
わたしの向かい、つまり友人の隣に座っている新入りが聞いた。手を伸ばしかけてぱっと引っ込め、触っていいですか、と聞く。
普通に 10 円とかのコモンだから全然いいよ。ていうか、怒り狂うゴブリン知らないのか!
す、すいません。
新入りは芝居がかった仕草で首をすくめた。まだ生まれてなかったもので。
そう言いながらひょいと手を伸ばして、一番新しい M10 のカードを手に取った。1マナ 1/1、速攻、goblin berserker。え、それだけですか。
ははは。彼が声に出して笑った。それだけですよまったくもって。
なんでコレクションするんですか?
「素晴らしいカードだから。」 彼が堂々と断言した。
低コストで、素早くて、小さくて、序盤は強いけど終盤には弱い。赤のクリーチャーの典型的なスペックです。それでゴブリン。赤の種族はアルファの昔からなんといってもゴブリンだ。あとからついたバーサーカーもいかにも赤にふさわしい種族です。でもこのカードでいちばん素晴らしいのはフレイバーなんだ。つまり、名前と、イラストと、フレイバーテキスト。ポータル・セカンドエイジで再再録された時につけられた——言いながら彼は実際にポータルセカンドエイジ版を手にとってみせた——イラストとフレイバーテキストはそこから不動のものになったんだよね。小さくてめちゃめちゃ怒ってるゴブリン。『彼は世界に対して怒り、家族に対して怒り、自分の人生に対して怒っていた。 だが、だいたいは理由もなく怒っていたんだ。』たぶんこのイラストとテキストで 10 年以上刷られ続けてたんだよ。トップダウンデザインのカードとして、ここまでのカードは作りたくてもそうそうできるもんじゃない。そりゃコレクションもしますよ。
彼は滔々と語り終えると、急に友人の方に向き直って聞いた。「なあ?」
いや、そんなめんどくせーこと考えて集めてるわけじゃねえよ。
えー。
サキモトさん、トシミツさんっていつもこんなふうですか。新入りが声をひそめるそぶりで、実際には普通の大きさの声で聞いてきた。
そういうことは本人の前で聞くもんじゃないよ。「いや、普段はもっとインチキくさいよ」とか言えなくなっちゃうでしょ。
言ってるじゃねえか。彼が笑って言う。
こんな風ってどんな風?
わたしが聞き返すと、新入りも笑みを浮かべて応じた。
いや、なんか妙な説得力があって、あたし先週もだまされたんです。《果てしなきもの》がなんか強いカードみたいに思えちゃって。
ああ、そういうのこいつの得意分野。友人が言った。気をつけな。うかつにトレードとかしないほうがいいよ。
完全に詐欺師扱いですけど。
彼はそう言いながらも楽しそうだった。さっきのだって、別に嘘ついたり騙したりしてるわけじゃないよ。市場で価値がつくようなカードじゃないけどこいつは素晴らしいんだって言ってるだけなんだから。
しかし最近ご無沙汰だよな、怒り狂うゴブリン。
彼を半ば無視して友人が言った。……M10 以来ってことは、もうまる六年か。そりゃ若い子は知らんよなあ。
「そんなに素晴らしいカードなのに、どうして再録されなくなっちゃったんですか」
新入りが訊いた。まあもっともな疑問だ。
ひとことで言えばちょっと弱すぎるんだよね。わたしが答えた。M11辺りから本格的に基本セットをリミテッドの競技イベントで使うようになって、そうするとパワーレベルをそれに向けて調整しなきゃならない。1マナ1/1速攻ってさすがにお呼びじゃないんだよ。だから居場所がなくなった。
そっか。……なんか結構せちがらいですね。
変化し続けることはトレーディングカードゲームの生命線だからね。あらゆるカードは安穏とはしていられないんだよ。
なるほど。
でもまた、いつかどこかで再録されるんじゃないかな。彼が言った。ていうか再録されてほしい。
わたしも頷く。そうだよね。それまでは、多元宇宙のどっかの片隅で、あらゆるものに対して怒り続けててほしいよね。
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