「セットランド。どうぞ」
奴は先手の第一ターンにノータイムで《Underground Sea》を置いて、ターンを渡してきた。青いデッキを使っているのは珍しいが、さすがにこれだけでは大したことはわからない。もちろん先手1ターン目の土地を置くまでにだってさまざまな選択があるのだし、トッププレイヤーが対戦相手の挙動から驚くほど多くの情報を得ることも知識としては知っている。しかし僕にしても奴にしてもパウロ・ヴィトフ・ダモ・ダ・ホサではないのだ。一方で奴は僕が平日に適当に鞄に入れているデッキにたまたま《不毛の大地》が入っている可能性は非常に低いことを知っているし、僕は奴が初手にツンドラとアンシーを持っていたらその他のあらゆる条件に係らずおおむね 50% はツンドラを先に出してくることを知っている。ある意味では極北のメタゲームが成立しているとも言える。
僕はフェッチから《Volcanic Island》を持ってきて、《秘密を掘り下げる者》を唱えてターンを終えた。
奴の2ターン目はドローして《地底の大河》をプレイ、2マナ出して
「《ゾンビの横行》」
「あ、てめえ、アレだな」 僕は思わず口走っていた。
知ってたか。
知らいでか。
いや、ひさびさにデッキリスト見て感動して、思わず組んでしまった。簡単に組めると思ったけど意外と苦労したよ。
どこに苦労したんだよ、とは言わないでおく。おおかた《宝物探し》が見つからなかったとかそんな理由だろうし、ちゃんと4枚持っててそれを探し出せたのだとすれば僕にしてみればそちらの方が意外だ。
「で、通んのか」「……通します」「じゃあエンド」
さて、相手のデッキがわかったところで、どうするか。アップキープに《秘密を掘り下げる者》の能力がスタックに乗ったところでちょっと考える。ゾンビの横行から出してくるからには天和ハンドだろう。勝ちに行くならとりあえずこのターンはピアスを構えながらデルヴァーで殴る、なのだがさすがに大人気ないか。僕はなにもせずに誘発型能力を解決した。見たカードは《断絶》で、公開して《昆虫の逸脱者》に変身する。ドローして土地を置いて逸脱者で殴り、第二メインに《窯の悪鬼》をプレイしてターンを返した。
いいのか? 奴がにやにやしながら言い、メインフェイズに土地は置かずに《宝物探し》をプレイした。
どうぞ。僕は解決をうながした。
ライブラリのトップから土地がぺらぺらとめくれてゆく。《すべてを護るもの、母聖樹》が入っていたのには素直に感心した。ちょうど 10 枚めくれて、11 枚目に《宝物探し》が表になった。聖遺の塔を引けなかったため、母聖樹をプレイして、ゾンビを四体出し、ターンを返してきた。
僕の3ターン目、《断絶》でゾンビを一体除去し、《昆虫の逸脱者》と《窯の悪鬼》でアタック。奴が《二度裂き》しか想定せずに《悪鬼》1体でチャンプブロックしたところで《ティムールの激闘》を打つと、奴はまじまじとカードテキストを見た。
……いいカードじゃねえか。
もう負け惜しみかよ?
奴に 15 点ダメージが入る。返しのターン、奴はターンエンドに出した分も含めて四体のゾンビで僕を攻撃したあと、再度の宝物探しから 15 枚カードを手に入れた。今度は《聖遺の塔》もプレイしたが、次の僕のドローは《火+氷》だった。
「おまえに2点」「死にました。」
奴は手札の土地を広げて見せながら首をかしげた。「やっぱ弱いよなー、これ。WCMQトップ4なんてちょっと信じられんよ。」
ああ、あれは誤報だったらしいよ。
「誤報?」
僕が調べた限りでの情報だが、どうも WMCQ のデッキリスト入力担当者がひとり分リストを家に持って帰るのを忘れたことに気付いて、その時場所埋めのために仮に入力しておいたのを、更新操作をミスしてそのまま上げてしまった、というような経緯らしい。それで次の日には直したらしいのだが、その前にほかのサイトに転載されていて、そこで日本のカード屋さんが見つけて拡散した、というようなことだったようだ。
なるほどなあ。
奴はいったん言葉を切ってから、自分に言い聞かせるみたいに続けた。いやでも、あのリストを見たときのわくわくは本物だった。たとえ誤報だったとしてもだ。
リストはリストで元ネタがあったみたいね。mtggoldfish っていうサイトで、なんか6月頃には出てた記事らしいよ。
奴はさすがに咄嗟には言葉が出なかったようで、ぐぬぬと唸った。
まあでも、この手の騒ぎとしては結構幸せだったんじゃないかな、これ。けっこう多くの人が確かに一瞬盛り上がったと思うし、ほとんど誰も損してないし、狙ってもこうは巧くいかんだろうって感じがする。
カード屋は冷や汗かいたんじゃないか?
僕は言わんとするところがすぐにはわからなかった。奴は続けた。
たまたまコモンとアンコモンしか入ってないデッキだったからまあよかったけど、これで変なレアでも入ってて高騰して、それから間違いでしたとか判明してたらガセネタで値段つり上げたみたいな格好になるわけだろ。叩かれてたかも知れないぜ。
仮にそんなことが起きたとして、一軒一軒のカード屋が儲ける金額なんてたかが知れてると思うけど。
そりゃ多分正しいが、叩く奴にはそんなこと関係ないだろ。
うーん。そういうことはありうるかもしれないなあ。なるほど、ちょっと怖いね。
「ああ、よかった、ふたりともいた」
僕たちの方へ近づいてくる少し急いでいる足音を認識したのとほぼ同時に、足音の主の声が耳に入ってきた。
あなたが居ろって言ったんでしょうが。
僕が抗議すると彼女はあっさり認めた。ごめん、たしかにそうだね、ありがとう。
まあ座れよ。奴が自分の家のように言った。
彼女はちょっと逡巡したが、おとなしく僕の隣の椅子に腰を下ろした。
「みなさんにお許しをいただいたので、来週新入りさんを連れてくるよ」
そう言ってから彼女は日付を告げた。5日後、すなわち次週の水曜日だった。空けておきます、などと応じてはみたが、実のところは空けるまでもなく空いていたし、むしろそれは実のところとか言うほどの事実でもなかった。
どれぐらいやってるんだその人は。
ミラディンの傷跡からっていうから、まあけっこう最近だよね。でももう5年前なんだよ、ミラキズ。そのころつきあってた彼氏がやってて、それで始めたっていう、まあ時々聞くようなきっかけで。
あれ、女の子なのか。
僕も内心驚いたが奴に先を越されたので、とりあえず別の角度から指摘してみた。
そうとは限らないぜ。
そうだけど、女の子だよ、じっさい。
彼女が口許にやや苦笑いに似た表情を浮かべて言った。まあよろしくね。ここ2年ぐらいはほとんどさわってないらしいけど、前組んでたデッキは一応持ってるって言ってたから、とりあえず持ってきてもらうよ。だから、なんかそういうシチュエイションに適切なデッキを持ってきて。
はいよー。はい。
僕たちが口々に応じると、彼女は椅子を引いて席を立つ構えを見せた。「それじゃあ、今日はこれで。」
「なんだ、もう帰るのか。おれのスーパーシークレットネットパクリデックと対戦しないのか」
奴が言ったが彼女は笑って首を横に振り、そのまま席を立った。今日はやめとく。またこんどね。
じゃあね、と彼女はあらためて告げると、こつこつと靴音を響かせてレジのところまで歩いて行き、なにかブースターパックをひとつだけ買っているようだった。
「さて」 奴が僕の方に向き直って言った。「2本目行くか」
いや、他のデッキ出せよ。
僕が言うと奴は笑って応じた。
……やっぱそうだよな。
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最初の回は9月に書いたらしいので今月でまる4年になるが、ゲームやってるシーンを書くのは4回目。
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参考資料:
http://mtgpulse.com/eventrevisions/21421
担当者がデッキリストを載せたサイト。更新履歴も見られる。→http://mtgpulse.com/event/21421#302762
http://www.mtgdecks.net/decks/view/321807
転載先。ここは未だに修正されていない。
http://www.mtggoldfish.com/articles/budget-magic-18-0-5-tix-modern-zombie-hunt
Zombie Hunt の元ネタのサイト。
https://www.reddit.com/r/magicTCG/comments/3k1oq6/simon_nielsen_just_got_top4_with_treasure_hunt_in/
担当者本人が経緯を投稿していたスレッド。「ほんとにがっかりさせて申し訳ないんだけど、」とか書き出してておもろい。
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ゲームのシーンでひどいミスしてたのでこっそり修正(2015-11-18)。恥ずかしい限り。
奴は先手の第一ターンにノータイムで《Underground Sea》を置いて、ターンを渡してきた。青いデッキを使っているのは珍しいが、さすがにこれだけでは大したことはわからない。もちろん先手1ターン目の土地を置くまでにだってさまざまな選択があるのだし、トッププレイヤーが対戦相手の挙動から驚くほど多くの情報を得ることも知識としては知っている。しかし僕にしても奴にしてもパウロ・ヴィトフ・ダモ・ダ・ホサではないのだ。一方で奴は僕が平日に適当に鞄に入れているデッキにたまたま《不毛の大地》が入っている可能性は非常に低いことを知っているし、僕は奴が初手にツンドラとアンシーを持っていたらその他のあらゆる条件に係らずおおむね 50% はツンドラを先に出してくることを知っている。ある意味では極北のメタゲームが成立しているとも言える。
僕はフェッチから《Volcanic Island》を持ってきて、《秘密を掘り下げる者》を唱えてターンを終えた。
奴の2ターン目はドローして《地底の大河》をプレイ、2マナ出して
「《ゾンビの横行》」
「あ、てめえ、アレだな」 僕は思わず口走っていた。
知ってたか。
知らいでか。
いや、ひさびさにデッキリスト見て感動して、思わず組んでしまった。簡単に組めると思ったけど意外と苦労したよ。
どこに苦労したんだよ、とは言わないでおく。おおかた《宝物探し》が見つからなかったとかそんな理由だろうし、ちゃんと4枚持っててそれを探し出せたのだとすれば僕にしてみればそちらの方が意外だ。
「で、通んのか」「……通します」「じゃあエンド」
さて、相手のデッキがわかったところで、どうするか。アップキープに《秘密を掘り下げる者》の能力がスタックに乗ったところでちょっと考える。ゾンビの横行から出してくるからには天和ハンドだろう。勝ちに行くならとりあえずこのターンはピアスを構えながらデルヴァーで殴る、なのだがさすがに大人気ないか。僕はなにもせずに誘発型能力を解決した。見たカードは《断絶》で、公開して《昆虫の逸脱者》に変身する。ドローして土地を置いて逸脱者で殴り、第二メインに《窯の悪鬼》をプレイしてターンを返した。
いいのか? 奴がにやにやしながら言い、メインフェイズに土地は置かずに《宝物探し》をプレイした。
どうぞ。僕は解決をうながした。
ライブラリのトップから土地がぺらぺらとめくれてゆく。《すべてを護るもの、母聖樹》が入っていたのには素直に感心した。ちょうど 10 枚めくれて、11 枚目に《宝物探し》が表になった。聖遺の塔を引けなかったため、母聖樹をプレイして、ゾンビを四体出し、ターンを返してきた。
僕の3ターン目、《断絶》でゾンビを一体除去し、《昆虫の逸脱者》と《窯の悪鬼》でアタック。奴が《二度裂き》しか想定せずに《悪鬼》1体でチャンプブロックしたところで《ティムールの激闘》を打つと、奴はまじまじとカードテキストを見た。
……いいカードじゃねえか。
もう負け惜しみかよ?
奴に 15 点ダメージが入る。返しのターン、奴はターンエンドに出した分も含めて四体のゾンビで僕を攻撃したあと、再度の宝物探しから 15 枚カードを手に入れた。今度は《聖遺の塔》もプレイしたが、次の僕のドローは《火+氷》だった。
「おまえに2点」「死にました。」
奴は手札の土地を広げて見せながら首をかしげた。「やっぱ弱いよなー、これ。WCMQトップ4なんてちょっと信じられんよ。」
ああ、あれは誤報だったらしいよ。
「誤報?」
僕が調べた限りでの情報だが、どうも WMCQ のデッキリスト入力担当者がひとり分リストを家に持って帰るのを忘れたことに気付いて、その時場所埋めのために仮に入力しておいたのを、更新操作をミスしてそのまま上げてしまった、というような経緯らしい。それで次の日には直したらしいのだが、その前にほかのサイトに転載されていて、そこで日本のカード屋さんが見つけて拡散した、というようなことだったようだ。
なるほどなあ。
奴はいったん言葉を切ってから、自分に言い聞かせるみたいに続けた。いやでも、あのリストを見たときのわくわくは本物だった。たとえ誤報だったとしてもだ。
リストはリストで元ネタがあったみたいね。mtggoldfish っていうサイトで、なんか6月頃には出てた記事らしいよ。
奴はさすがに咄嗟には言葉が出なかったようで、ぐぬぬと唸った。
まあでも、この手の騒ぎとしては結構幸せだったんじゃないかな、これ。けっこう多くの人が確かに一瞬盛り上がったと思うし、ほとんど誰も損してないし、狙ってもこうは巧くいかんだろうって感じがする。
カード屋は冷や汗かいたんじゃないか?
僕は言わんとするところがすぐにはわからなかった。奴は続けた。
たまたまコモンとアンコモンしか入ってないデッキだったからまあよかったけど、これで変なレアでも入ってて高騰して、それから間違いでしたとか判明してたらガセネタで値段つり上げたみたいな格好になるわけだろ。叩かれてたかも知れないぜ。
仮にそんなことが起きたとして、一軒一軒のカード屋が儲ける金額なんてたかが知れてると思うけど。
そりゃ多分正しいが、叩く奴にはそんなこと関係ないだろ。
うーん。そういうことはありうるかもしれないなあ。なるほど、ちょっと怖いね。
「ああ、よかった、ふたりともいた」
僕たちの方へ近づいてくる少し急いでいる足音を認識したのとほぼ同時に、足音の主の声が耳に入ってきた。
あなたが居ろって言ったんでしょうが。
僕が抗議すると彼女はあっさり認めた。ごめん、たしかにそうだね、ありがとう。
まあ座れよ。奴が自分の家のように言った。
彼女はちょっと逡巡したが、おとなしく僕の隣の椅子に腰を下ろした。
「みなさんにお許しをいただいたので、来週新入りさんを連れてくるよ」
そう言ってから彼女は日付を告げた。5日後、すなわち次週の水曜日だった。空けておきます、などと応じてはみたが、実のところは空けるまでもなく空いていたし、むしろそれは実のところとか言うほどの事実でもなかった。
どれぐらいやってるんだその人は。
ミラディンの傷跡からっていうから、まあけっこう最近だよね。でももう5年前なんだよ、ミラキズ。そのころつきあってた彼氏がやってて、それで始めたっていう、まあ時々聞くようなきっかけで。
あれ、女の子なのか。
僕も内心驚いたが奴に先を越されたので、とりあえず別の角度から指摘してみた。
そうとは限らないぜ。
そうだけど、女の子だよ、じっさい。
彼女が口許にやや苦笑いに似た表情を浮かべて言った。まあよろしくね。ここ2年ぐらいはほとんどさわってないらしいけど、前組んでたデッキは一応持ってるって言ってたから、とりあえず持ってきてもらうよ。だから、なんかそういうシチュエイションに適切なデッキを持ってきて。
はいよー。はい。
僕たちが口々に応じると、彼女は椅子を引いて席を立つ構えを見せた。「それじゃあ、今日はこれで。」
「なんだ、もう帰るのか。おれのスーパーシークレットネットパクリデックと対戦しないのか」
奴が言ったが彼女は笑って首を横に振り、そのまま席を立った。今日はやめとく。またこんどね。
じゃあね、と彼女はあらためて告げると、こつこつと靴音を響かせてレジのところまで歩いて行き、なにかブースターパックをひとつだけ買っているようだった。
「さて」 奴が僕の方に向き直って言った。「2本目行くか」
いや、他のデッキ出せよ。
僕が言うと奴は笑って応じた。
……やっぱそうだよな。
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最初の回は9月に書いたらしいので今月でまる4年になるが、ゲームやってるシーンを書くのは4回目。
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参考資料:
http://mtgpulse.com/eventrevisions/21421
担当者がデッキリストを載せたサイト。更新履歴も見られる。→http://mtgpulse.com/event/21421#302762
http://www.mtgdecks.net/decks/view/321807
転載先。ここは未だに修正されていない。
http://www.mtggoldfish.com/articles/budget-magic-18-0-5-tix-modern-zombie-hunt
Zombie Hunt の元ネタのサイト。
https://www.reddit.com/r/magicTCG/comments/3k1oq6/simon_nielsen_just_got_top4_with_treasure_hunt_in/
担当者本人が経緯を投稿していたスレッド。「ほんとにがっかりさせて申し訳ないんだけど、」とか書き出してておもろい。
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ゲームのシーンでひどいミスしてたのでこっそり修正(2015-11-18)。恥ずかしい限り。
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