「《スゥルタイの隆盛》見るとあれ思い出すよ」
彼女が手元に持ったスリーヴに入ったカードに目を落とし、口元に微かな笑みを浮かべて言った。「オデッセイの、あのセファリッドが雁首そろえてる奴」
僕は肩をすくめて黙っていたのだが、奴が答えてしまった。
「《頭脳集団》だろ」 こういうカード名は忘れないのが奴の、まあ、いいところだ。「think tank」
「そうそう頭脳集団! think tank がインパクト強すぎて日本語名が出てこなかった」
そこで彼女は一旦言葉を切ったので僕は一瞬ほっとした。2秒ほどして、彼女は再び口を開いた。
「思い出すとか言ったけどわたし微妙に頭脳集団のテキスト覚えてないんだよね。アップキープに、トップから2枚見て1枚だけ墓地に落とすんだっけ?」
違う。それよりもう少し弱くて、トップを見て落とすか残すかが決められるだけなのだ。言ってみれば《手練》と《選択》ぐらい違う……が、もちろん口には出さない。
「調べればいいだろ」 奴が言う。
「トシミツくん憶えてないの」
彼女は言いながらスマートフォンを操作する。僕は黙って首を横に振った。彼女はすぐにオラクルに辿り着いたようで、口に出す。「……あ、ちがった。1枚見て、それを墓地に落としてもよい、なんだ」
奴が笑う。「まあ当時は強かったんじゃねえの」
「たぶん3人でシールドやってて、トシミツくんが頭脳集団入れててさ、でわたしがちょっとその場を離れて、戻ってきてみたらまだ序盤なのに《国境巡回兵》が墓地に落ちてて。あれ? もう討ち死にしたの? って訊いたらなんかにやっとして『いや、頭脳集団にクビにされた』とか言ってて」 言いながら彼女も笑いをこらえきれない様子だった。「なんかすごい他人事みたいに言うし、しかも、ああ弱いのはわかってるんだって思ったら余計に可笑しくて」
このゲームのことは憶えている。3ターン目に《頭脳集団》が貼れたのだが、土地が止まっていたので《国境巡回兵》は墓地送りにした。その後土地は引いたが終始劣勢で、頭脳集団の頑張りにもかかわらず普通に負けた。
「《国境巡回兵》ってなんだっけ」「あの5マナ 1/6 警戒の奴」 
「ああ、あの望遠鏡持ってる奴か。そういやおまえあれよく入れてたよな。なんだったんだあれ」
こうなるから嫌だったのだ。そんなことは僕に聞かないで欲しい。自分でも理由がわからないのだから。
「まあまあ追及してやりなさるな。」
彼女が鷹揚を装った口調で言う。誰が始めたとおもっているんだ。「誰にだって忘れたい過去はある」
そう言いながら彼女は背中に置いていたバッグを手に取り、口を開けて手を差し入れると、透明なスリーヴに入ったカードを取り出して、テーブルの上を滑らせて僕の方へ寄越した。
《国境巡回兵》?!
しかもカードは光っている。フォイルの《国境巡回兵》か。
そう思って手に取ったカードは、しかし違うカードだった。《守護ライオン》。
こんな奴は知らんぜ。
僕は抗議したが、彼女はもちろんとりあわなかった。いいじゃん、実質的におんなじでしょ。とっときなよ。
透明スリーヴには値札すら貼られたままだった。19円。


--

1月末以来なので、10ヶ月半ぶり。
こんなものでもしばらく書いてないと書きたくなるのは不思議ではある。

コメント

お気に入り日記の更新

テーマ別日記一覧

日記内を検索