翻訳:プロツアーの古豪(前半のみ)
2013年10月25日 翻訳原文:Pro Tour Old-Timers / Tobi Henke
http://www.wizards.com/magic/magazine/article.aspx?x=mtg/daily/eventcoverage/ptths13/Old_Timers
2013-10-12
昨日の朝、428名のプレイヤーが、1996 年から綿々と続くプロツアーの最新イベント“プロツアー・テーロス”のラウンド1のためにこの会場に着席した。そう、プロツアーは既に 17 年以上の歴史を重ねているが、さらに恐ろしいことに幾人かのプレイヤーは常にその歴史と共にあり続けている。つまり、当時も現在もプレイしているのだ。
そのひとりがクリス・ピキュラだ。2000 年のインヴィテイショナル優勝時にデザインした《翻弄する魔道士(PLS)》のイラストでもおなじみの顔だが、もちろんそれだけではない。最近でこそプロツアーは御無沙汰だったが、かつてはピキュラと言えばマジックのトッププロで、1996 年から 1998 年にかけてプロツアーのトップ8に3回入賞しているし、通算参加回数も 30 を数える。今回のプロツアーには特別招待枠での出場となったが、往時と比べてどれほどプロツアーが変わったものなのか、彼の視点から少し教えてもらうこととしよう。
「昔と今との一番大きな違いはなんといってもプレイングのレベルだね。昔はほんとに上手いプレイヤーってのは数えるぐらいしかいなかった。今はみんな上手いよ。このゲームを本当にわかってないとプロツアーには出られないよね」 ピキュラは述べた。「それと、トーナメントの運営がとてもスムーズになった。昔は例えばこれだけ人数がいたらしょっちゅう小さなトラブルが起きてたものだよ。最近は、まあチームグランプリでのごたごたを別にすれば、問題らしい問題は殆ど起きてないんじゃないかな。それとこの会場! ここは本当に素晴らしいよ。最近の会場はいいところが多いよね」
今でも知ってるプレイヤーは多い? 「アメリカのトッププレイヤーならだいたいわかるよ。あとヨーロッパのベテランたちとか、殿堂プレイヤーはわかる。でも新しい人たちはあんまり知らないな。」 殿堂という言葉は今のピキュラにはほろ苦く響いたに違いない。なにしろ今年の投票で僅差で殿堂入りを逃し、ここで好成績を残せない限りは来年の投票の対象からは外れてしまうからだ。「投票に残るためにはここでトップ16に入らなくちゃならない。さすがに難しいだろうね。」 またプロツアーに来る機会はあるかと問うと彼はこう応じた。「そうできるといいね。厳しいと思うけど。今はそんなにたくさん予選にも出られないし。だけど、いつかは戻ってくるよ。」
ところで最近のプレイヤーはピキュラの名を知っているのだろうか? 「まあ知らない子もいるよ。知ってたり知らなかったりだね」 彼は認めた上で、「そういえば1回面白いやりとりがあったよ。フィーチャー・マッチに呼ばれたことがあるかって訊かれたからあるよって答えたら、『へえ、誰と対戦したんですか?』って言われちゃった」
(ここまで)
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これで大体半分で、後半はもうひとり、ジョン・ラーキン John Larkin の話なのだけど個人的に特に馴染みもないので割愛。興味のある人は読んでみてください。
実は前回の記事の上半分を最初に書いた時点では殿堂投票の結果だけ見てこの記事を読んでおらず、投票のルールもよく知らなかったので「こりゃピキュラさん来年は決まりだな」みたいなことを書いたのだがこれを読んでびっくり。150 ポイントに上がったことすら知らなかった。
最後のやりとりは何年か前のプロツアーでダーウィン・キャッスルがやっぱり若い対戦相手に「プロツアー何回出たことあります?」って訊かれて「全部出てるよ」って答えた話思い出した。あれいつだったっけな。
http://www.wizards.com/magic/magazine/article.aspx?x=mtg/daily/eventcoverage/ptths13/Old_Timers
2013-10-12
昨日の朝、428名のプレイヤーが、1996 年から綿々と続くプロツアーの最新イベント“プロツアー・テーロス”のラウンド1のためにこの会場に着席した。そう、プロツアーは既に 17 年以上の歴史を重ねているが、さらに恐ろしいことに幾人かのプレイヤーは常にその歴史と共にあり続けている。つまり、当時も現在もプレイしているのだ。
そのひとりがクリス・ピキュラだ。2000 年のインヴィテイショナル優勝時にデザインした《翻弄する魔道士(PLS)》のイラストでもおなじみの顔だが、もちろんそれだけではない。最近でこそプロツアーは御無沙汰だったが、かつてはピキュラと言えばマジックのトッププロで、1996 年から 1998 年にかけてプロツアーのトップ8に3回入賞しているし、通算参加回数も 30 を数える。今回のプロツアーには特別招待枠での出場となったが、往時と比べてどれほどプロツアーが変わったものなのか、彼の視点から少し教えてもらうこととしよう。
「昔と今との一番大きな違いはなんといってもプレイングのレベルだね。昔はほんとに上手いプレイヤーってのは数えるぐらいしかいなかった。今はみんな上手いよ。このゲームを本当にわかってないとプロツアーには出られないよね」 ピキュラは述べた。「それと、トーナメントの運営がとてもスムーズになった。昔は例えばこれだけ人数がいたらしょっちゅう小さなトラブルが起きてたものだよ。最近は、まあチームグランプリでのごたごたを別にすれば、問題らしい問題は殆ど起きてないんじゃないかな。それとこの会場! ここは本当に素晴らしいよ。最近の会場はいいところが多いよね」
今でも知ってるプレイヤーは多い? 「アメリカのトッププレイヤーならだいたいわかるよ。あとヨーロッパのベテランたちとか、殿堂プレイヤーはわかる。でも新しい人たちはあんまり知らないな。」 殿堂という言葉は今のピキュラにはほろ苦く響いたに違いない。なにしろ今年の投票で僅差で殿堂入りを逃し、ここで好成績を残せない限りは来年の投票の対象からは外れてしまうからだ。「投票に残るためにはここでトップ16に入らなくちゃならない。さすがに難しいだろうね。」 またプロツアーに来る機会はあるかと問うと彼はこう応じた。「そうできるといいね。厳しいと思うけど。今はそんなにたくさん予選にも出られないし。だけど、いつかは戻ってくるよ。」
ところで最近のプレイヤーはピキュラの名を知っているのだろうか? 「まあ知らない子もいるよ。知ってたり知らなかったりだね」 彼は認めた上で、「そういえば1回面白いやりとりがあったよ。フィーチャー・マッチに呼ばれたことがあるかって訊かれたからあるよって答えたら、『へえ、誰と対戦したんですか?』って言われちゃった」
(ここまで)
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これで大体半分で、後半はもうひとり、ジョン・ラーキン John Larkin の話なのだけど個人的に特に馴染みもないので割愛。興味のある人は読んでみてください。
実は前回の記事の上半分を最初に書いた時点では殿堂投票の結果だけ見てこの記事を読んでおらず、投票のルールもよく知らなかったので「こりゃピキュラさん来年は決まりだな」みたいなことを書いたのだがこれを読んでびっくり。150 ポイントに上がったことすら知らなかった。
最後のやりとりは何年か前のプロツアーでダーウィン・キャッスルがやっぱり若い対戦相手に「プロツアー何回出たことあります?」って訊かれて「全部出てるよ」って答えた話思い出した。あれいつだったっけな。
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