「《すがりつくイソギンチャク》のクリーチャータイプはなんでしょう」
彼の職場の先輩がいつものようにクイズめいたことを訊くと、その先輩の旧くからの友人はびっくりするほど早く応じた。
「イカ」
ぶー。先輩が擬音で不正解をあらわす。
あれ、イカじゃないんだっけ? 友人はかなり心から驚いた様子で言う。……イソギンチャクでもないよね。
イソギンチャクでもビーストでもありません。
友人は少しの間俯いて真剣に考える様子を見せたが、様子のわりにはすぐに顔を起こして告げた。降参。
オオジマくん、知ってる。
先輩は急に彼に振ってきた。ほとんど含み笑いというべき表情になっている。
クラゲですよね、確か。
正解、と告げて先輩はにやりと笑い、友人の方を見やった。
うわ、おれ完全にイカだと思いこんでたわ。それも英語だと squid でさ。こういううにょうにょした足がたくさんある動物はみんな squid だから正しいんだけど、日本語版では最初にイカって当てちゃったから微妙に変なことになっちゃってるの。みたいなストーリーまでおれん中でできてた。
おー。それは面白い、けど、ほんとにそんな事実全然ないよ。捏造しすぎだよ。
そうだよなあ。
「すいません」
彼はわざと挙手して割って入った。
どうも話が見えないというか、なんか前提になってる知識があるっぽいですけど、つまりイソギンチャク的なカードが昔あったんですね?
うむ。
友人が重々しく肯く。それを知りたければマジックの歴史開闢以来のイソギンチャク史について語り尽くさねばならぬが、それでもよいかな。
先輩が手を筒のような形にして彼の耳元に顔を寄せて、それでいて聞こえるぐらいの声で言う。すっごい短いから大丈夫だよ。
うおほん。
友人は咳払いをして話し始めた。イソギンチャクが初めて刷られたのはメルカディアン・マスクスにさかのぼる。青シングル・シンボル4マナのアンコモン《発光イソギンチャク》がそれだ。4マナ 1/3 で場に出たときに土地を1枚バウンスできる。一応先手と後手が入れ替えられるがいくら当時でも 1/3 は頼れるサイズとは呼べぬ。リミテッドでもあまり使われなかった。
ちょっと間をおいて続ける。
次に刷られたイソギンチャクはギルド門侵犯の《すがりつくイソギンチャク》じゃ。
彼はため息をついてみせた。そんなこっちゃないかと思ってました。
実に 13 年半ぶりのイソギンチャクだよ。めでたいことだとは思わないかね。
さっきのビーストとかイソギンチャクとかの話はなんなんですか。彼はその友人の言葉を完全に無視する形で訊いた。そうしても目の前にいる歳上のふたりは決して気を悪くしないと彼は知っていた。むしろその距離の詰め方を好ましく受け取る質であることを知っていた。
発光イソギンチャクは最初刷られた時クリーチャータイプがビーストだけだったんだよ。
今度は先輩が説明した。それが 2007 年 9 月のクリーチャータイプ変更で突然イソギンチャク・ビーストになった。この時点でイソギンチャクは発光イソギンチャクだけ。そこまではまあ一応ある話なんだけど、それがたった4ヵ月後の 2008 年 1 月にオラクルの変更があって、イソギンチャク・ビーストからクラゲ・ビーストになっちゃった。それで、後にも先にもイソギンチャクってクリーチャータイプは発光イソギンチャクのそれも4ヶ月だけで、一度も印刷されたことがないクリーチャータイプでもあるんだ。
先輩はそこで言葉を切り、ちょっとためらってから彼の方に視線を向けた。彼は率直に言った。面白くなくもないですけど、全体的にはぴんと来ないです。
そうかー、ざんねん。
先輩は科白とは裏腹にさして残念でもなさそうに言った。そして友人に向き直り、「ついでなんで一応教えておくけど、squid には烏賊って意味しかないよ」
え? cuttlefish は?
あれは身体が短い烏賊のことなんだって。squid は細長い烏賊を指すんだとさ。
なんだよそれ。そこ区別すんのかよあいつら。カツオとマグロも区別しねえくせに。
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例年通りながらこの時期は仕事が忙しく、書く時間が取れない。これもひと月ほど前に書いたもので、おそらく今月の更新はこれが最後。
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