「《キマイラ像》」
わたしのクイズめいた問いに、それでも彼は真剣に考えて答えた。
小さな公園めいた意味のわからないスペースにぽつんと置いてあるベンチの上で、わたしたちはカードを広げてゲームをしながらやくたいもないことを話していた。その内容すら広げているカードゲームについてなのだから、まったくつける薬もないと言わざるを得ない。
「ちがいます」 
問いはいまプロフェシーで最も高いカードはなにか、というもので、2010 年代にもなってわざわざそんなことを聞くからにはまともな答の筈はないのだけど、彼はまずは直球の回答を投げ込んできた。プロフェシーのカードでもっとも公式戦で使われた延べ枚数が多いカード、なら多分キマイラ像が正解だろう。
「……《西風の魔道士、アレクシー》」
意外なカードが出てきたが、これも答えではない。「ちがいます」
「《撃退》」
「ちがうね」
そこまで列挙してから彼は次の候補に詰まり、それでも諦めずに考え始めた。
そもそもプロフェシーのカードでたとえ一時期であってもトーナメントで使われたカードは多くない。《キマイラ像》がアンコモンだったのは象徴的だ。リスティックにしてもタップアウトにしても土地絡みにしても、メカニズムとして強いものがひとつもなかった。
彼が空を見上げて、わたしもつりこまれるように上を向いた。よく晴れた空に綿のような雲がぽこぽこと浮かんでいる。建物の隙間からのぞく遠くの雲はいくらか灰色に近く、ずいぶん横に長く広がって見えた。
降参、とかなり長いこと考えてから彼が言った。
正解は《リスティックの研究》でした。
わたしが告げると、さしもの彼も口を開きかけ、片眉を大げさに持ち上げてみせた。
あの、3枚引いて3枚捨てたり捨てなかったりする奴?
それは《リスティックの占術》。
あ、じゃあエンチャントのほうか。なんかリスティックっぽいメカニズムでカード引ける奴だよね。
そう。
「……なんで?」
「コマンダー需要があるみたいよ」 わたしは素直に応じた。
なるほど、と彼は相槌を打ったが、少し考えてから言った。……いや、やっぱりわかんないな。なんで《研究》なんだろう。
わたしは口許に笑みが浮かぶのをこらえられなかった。全く同じ地点を数日前に通過したばかりだからだ。
「もちろん理由はあるよ」
わたしは言ってやる。もうひとつおまけのヒント。「オラクル見たらわかるよ」
彼は一瞬口を開きかけたが、すぐに手を口の辺りに当てて考え始めた。
……ええと、対戦相手が呪文を唱えるたびにそのプレイヤーは1マナを払ってもよい、払わなければあなたはカードを1枚引く、で合ってる?
だいたいそんな感じ。
なるほど。
彼は肯いて、考えながら話し始めた。
普通のリスティック呪文は、効果はひとつでも、対戦相手は誰かひとりマナを払えばよくて、だから多人数戦だとますます弱くなる……でも《研究》は、対戦相手全員に効果があって、それでいてマナは本人が払わなきゃならない。一見似てるけど、まるっきりデザインが裏返しなんだ。
その通り。私はうなずいた。流石プロフェシーマニアですね。
「え、ちょっと待って、プロフェシーマニアはきみだろ」
彼が少し慌てたように言った瞬間、急に風が吹いた。
戦場に出ていたカードが4枚ほど飛ばされてしまった。風はほんの一瞬吹き抜けただけだったが、意外なほど遠くまでカードは飛んでいった。
拾いに行こうかちょっと迷う間に、彼が「押さえてて」と言いながら立ち上がってカードを追った。わたしは戦場に残ったカードや手札に適当にライブラリやデッキケースを乗せて重しにしてベンチを立った。
意外なほど機敏に彼はカードを回収していた——と思った瞬間、最後の1枚を拾い損ねた。もう一度拾おうとして風にあおられて逃し、三度目にやっとしっかり掴んだ。彼のカードだった。
なんだったの。
彼がカードをわざわざ見せてくれる。《難題のスフィンクス/Connundum Sphinx》。
「20 円だ」
わたしは笑ったが、彼は意外なほど真剣な顔で言った。
「いや、でもおれがこのゲーム始めた頃、4マナ 4/4 飛行っつったら手札の最大枚数が4枚減るぐらい大変なことだったからね。カスレア扱いしたらあの頃のおれに怒られるよ」
少し驚いて彼の顔を見る。冗談なのだろうけど、表情には出していない。
彼は少し大げさに肩をすくめてみせて、くるりと振り向いて元のベンチの方に歩き出した。
でもまあ、20 円は 20 円だな。……そのために 40 円分ぐらい走っちゃったよ。
わたしは顔を見られずに済むことに少しほっとしながら、わざと声を出して笑って言う。きみ、そこまで時給高くない。

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月に一本ぐらいは出せればいいなあ、と思いつつ、なかなか。需要があるのかどうかは知らぬが。

コメント

運び屋
2012年11月23日1:48

これのFB大好きです。
ですが前半で切るとこんな物語になるのかとほっこりした気持ちになれました。

osa
2012年11月23日9:12

通りすがりです。
作品が面白かったので、リンクを張らせていただきました。

「今では出た直後に20円のレアだが、5年前、10年前にあったらトップレア級だ」
ってカードは多いですよね。特にクリーチャーは。

高潮の
2012年11月23日23:52

おお、そういう見方もあるのですね。白状しますが、単に《リスティックの研究》がけっこう高い、というのが面白かったからこの話を書き、このシリーズの題名のつけ方のルールに従ってフレイバーテキストの一部を引用した、だけです。つまり、題名と内容には特に関係はありません。それはそれとして、このフレイバーテキストは自分も好きです。

高潮の
2012年11月24日0:02

ありがとうございます。リンクはご自由にどうぞ。
カードパワーは多少の上下はありながら全体としてはやはり上がっていますね。おっしゃる通り、クリーチャーの方がよりその傾向が強いと思います。

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